なめらかなる世界へ

櫻田潤 なめらかなる世界へ

社会は寛容になったのか

「多様性を認めよう」「多様性が大事」と耳にするようになって、寛容な社会になったのかというと、そうじゃない気がする。

むしろ殺伐として、不寛容になっているのではないか。社会の分断が悪化しているのではないか。

多様性を“認める”社会は、それぞれ別次元で生きてきたグループや個人を、同じ次元で扱おうとするものとも言えます。

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母数が違うマイノリティもマジョリティも、同じ土俵にあがるわけですから、戸惑いや混乱も生まれます。

わかりあえない存在

同じ言語で話しているのに、話が通じない。お互いの見ている景色、主義、価値観が異なるとそんなことが起こります。

「話が通じない」「言っていることがわからない」

苛立ちが増し、数が多いグループはマイノリティを飲み込もうとし、それに対抗するグループも現れる。こんなところから、社会の対立と分断は加速し、「わかりあえない存在(=モンスター)」を生み出していきます。

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言葉だけで世界をつなぐのが難しいのならば、それを助ける他のコミュニケーション手段も使っていく必要があります。僕はビジュアルがその役割を果たすツールのひとつだと考えています。

たとえば絵文字は、感情を伝えるものとして、機能しています。

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面のコミュニケーション

絵文字で伝えられるのは、単語や短い文章、感情。まとまった考えを伝えるには、インフォグラフィック(図解含む)があります。

文章や話を理解する時、先頭の言葉から順番に処理していきます。そのため、少しでもひっかかるところがあると、その先が頭に入ってきません。それに対して、ビジュアルは目で全体的に捉えて処理していくため、テキストよりもコミュニケーションのチャンスが広がります。

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テキストが点を線で結んでいくコミュニケーションだとしたら、ビジュアルは面のコミュニケーションです。

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世界をなめらかに

面の重なりによって、本来結びつくことがなかったグループが、中間に位置する他のグループを通じて、つながることができるかもしれない。まったく考えが違うように見えた者同士も、少しは重なるところがあるかもしれない。

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それぞれがそれぞれの思想や価値観に完全同意しなくても、誰かを通じてゆるやかにつながっていると認識できることが大事に思います。

SNSはたしかに人をつなげました。しかし、それぞれの思想や価値観、文化をつなげたかというと、まだ十分機能しているわけではありません。誤解やフェイクが世界の分断を招いています。

価値観や考えを面(ビジュアル)で表現できる人が増えれば、もしかしたら世界が今よりなめらかにつながるんじゃないだろうか、そんな希望を抱いています。